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2026-07-01 12:39:00

「iami(私は私)」という名前。僕がこの場所で、命をまっとうしたい理由

 

こんにちは。

今日は、少しだけ僕の心の奥にある「おしゃべり」に、お付き合いいただけたら嬉しいです。

 

先日、ふと「どうしてこの世界から悲しいニュースやトラブルはなくならないんだろう?」という、答えのない問いについて考えていました。

 

世の中をどんなに安全に、綺麗にしようとしても、どうしても理不尽なことって起きてしまう。まるで「光があれば、必ず影ができる」みたいに、どれだけ頑張っても完璧な世界を作るのは難しいのかもしれない。

 

そんな、ちょっと虚しくなりそうな時に、僕の頭の中にいつも帰ってくる、大切な「言葉」があります。

 

それは、僕が子どもの頃に夢中で観ていた特撮番組『五星戦隊ダイレンジャー』に出てくる、道士カクというキャラクターが遺したセリフです。

 

子どもの頃に出会った、世界のひみつ

 

「正義と悪は、光と影のようなもの。もとはひとつなのだ」

 

「お互いが争いながら永遠に生きてゆく。これこそが人間の宿命。勝負は永久につかない。すべては虚しい戦いなのだ」

 

子どもの頃は「なんだか難しいことを言っているな」としか思いませんでしたが、大人になった今、この言葉が胸に深く突き刺さります。

 

この世から「影(悪いこと)」を完全に消し去ろうとして、もし「光(正しいこと)」だけになったら、それはもう人間の世界ではなく、神様や仏様の世界(浄土)になって、この世界そのものが消えてしまうのかもしれない。

 

つまり、僕たち人間は、「完璧にはならない不完全な世界」だからこそ、今ここで生きている。

答えが出ないと分かっていても、それでも野生の弱肉強食に戻らないように、「もっと優しく、もっと良く」と悪あがきしながら足掻き続けること。それ自体が、人間らしく生きるということなのかもしれません。

「私は私」という、たった一つの答え

じゃあ、そんな不条理な世界の中で、僕たちはどうやって生きていけばいいんだろう?

 

そこで行き着いたのが、有名なこの言葉でした。

 

「天上天下唯我独尊」

 

ちょっとお堅い言葉ですが、本当の意味は「この広い世界で、自分という存在はたった一人しかいない。だから、生きているだけでめちゃくちゃ尊いんやで」ということ。

 

世界全体の仕組みを変えることは、僕にはできない。

けれど、せめて「自分に与えられたこの一度きりの命」を、自分らしく精一杯まっとうすることは、今この瞬間からできます。

 

実は、僕のお店の屋号は「iami(アイアムアイ=私は私)」といいます。

 

この名前をつけたのは、もしかしたら偶然ではなかったのかもしれません。

周りの雑音や、世の中の理不尽なシステムから一歩おいて、「私は、私」。この「iami」という生き方を最後までやり遂げることこそが、僕にとっての生きる意味そのものなんだと感じています。

 旅の終わりに

「私は私」をトコトン生き抜いて、いつかこの世界で足掻きを終えたとき。

 

僕たちの心は、自分という殻を脱ぎ捨てて、宇宙の、すべての命の始まり的なところへと還っていくような気がします。それこそ、ダイレンジャーの導師カクが言ったように「もとはひとつ」という、あの場所に。

 

世界は不完全で、思い通りにならないことばかり。だからこそ、今日も僕は「iami」の場所で、僕の命を大事にして、時には優しくして、精一杯まっとうしようと思います。

 

みなさんは今日、「自分らしさ」をどんな風に楽しんでいますか?

 

VELTRA(ベルトラ)